ベルリン市議会選挙の結果

永井 潤子 / 2016年9月25日

東京と姉妹関係を結ぶベルリンで9月18日に行われた市議会(州議会と同格)選挙では、与党の2大政党が大幅に票を減らした。 また、難民受け入れに反対する右翼ポピュリズム新政党、「ドイツのための選択肢(AfD)」が首都ベルリンでも二桁の得票率を得て市議会進出を果たしたことなど、新しい現象が注目される。

「大幅に票を減らしながらも勝利をおさめた社会民主党(SPD)」、「歴史的大敗のキリスト教民主同盟(CDU )」、「有権者は大連立を拒否」、「ベルリンは赤・赤・緑を選んだ」などなど、翌日のドイツの新聞は大見出しでベルリン市議会選挙の結果を伝えた。赤・赤はSPDと左翼党、緑は緑の党をあらわすため、赤・赤・緑というのは、今後は SPD、左翼党、緑の党の3党連立になるだろうという意味である。

ベルリン市では、これまでの5年間、SPDとCDUのいわゆる大連立政権が州政治を担当してきた。今回の選挙の結果、最大与党のSPDは得票率を大幅に減らしたものの第一党の地位を確保し、同党のミヒャエル・ミュラー市長(51歳、2014年12月11よりベルリン市長)は、その地位を守ることができた。しかし、これまでの連立相手、CDU(連邦党首はメルケル首相) が歴史的な敗北を喫したのは、やはりメルケル首相の難民政策への反発が影響したと見られる。

暫定的な最終結果は以下の通り

①  SPD 21,6 % (−6,7%)、②  CDU 17,6 % (−5,7 %)、③ 左翼党 15,6 % (+3,9 %)、④ 緑の党15,2 % (−2,4 %)、⑤ ドイツのための選択肢(AfD) 14,2 % (+14,2 %) 、⑥ 自由民主党(FDP)6,7 % (+4,9 %)。

前回2011年の選挙で8.9 %もの得票率を得て話題になった若者中心の新党、海賊党の得票率は、今回わずかに1.7 %で市議会から姿を消した。一方、前回 5%条項に阻まれて議席を失ったリベラル陣営のFDPは、今回6.7%を得て、市議会に返り咲いた。

この結果、これからの5年間、ベルリン市議会に6政党が議席を占めるという新しい事態になったが、国民政党(Volkspartei)と言われたSPDとCDUの二大政党が票を大幅に減らしたため、FDPを除く5政党がほとんど肩を並べるという勢力関係になった。「20 %前後の得票率では、国民政党の名に値しない」、「ドイツにはもはや国民政党は存在しなくなった」などと書いた新聞もあった。

右翼ポピュリズムの新政党、AfDがベルリンで14.2%の得票を得て市議会進出を果たした結果、ドイツの16州のうち10州でAfDが議席を占めることになった。しかし、2週間前のメクレンブルク・フォアポンメルン州議会選挙のように20%以上という大量得票にはならなかった。投票率は今回、66.9%で、前回の60.2 %をかなり上回ったが、これは、AfDが棄権層を動員した結果だとみなされている。また逆に、AfDの台頭を防ごうと他の諸政党、特に左翼党が若い世代や棄権層に自党への投票を呼びかけた影響もあるとも見られている。左翼党は15%台の得票を確保し、最終的に緑の党をわずかながら追い越したが、同党のトップ候補、クラウス・レェーデラー氏(42歳、法律家)が、若い層に働きかけ、技術に強い若い海賊党の支持者や棄権層の若者たちを左翼党に取り込むことに成功したためと分析されている。

各種世論調査によると、外国人排斥をうたい、難民受け入れに反対するAfDに投票した人の7割は、既成政党、特に連邦政府やベルリン市与党の政策に対する抗議票としてこの党に一票を投じたと言われる。年齢構成では45歳から59歳までの男性が一番多く、21%(男女を合わせると18%)がAfDに投票した。 1番少なかったのは、18歳から24歳までの若い層で、わずか8%に過ぎなかった。AfDの支持者の職業では、労働者と失業者が多かった。AfDのメンバーの中には「AfDはあくまでも既成政党に対する抗議政党としての特質を維持するべきだ」という意見の人も少なくなかったが、ベルリンの市議会、そして同時に行われた区議会選挙でも12区全部でAfDが議席を獲得するという現実のなかでは、同党議員たちの日常政治のなかでの実際の能力が試されることになるだろう。区議会の当選者のなかには、ネオナチ的な発言と行動で知られる年配の男性が、東部の選挙区で大量の得票を得て選ばれたケースもあり、波紋を投げかけている。

今回のベルリン市議会選挙で明らかになったもう一つの事実は、ベルリンの東西で、有権者の投票傾向に大きな差があることだった。例えば、ベルリン東部のトップ政党は、旧東ドイツの政権党だった社会主義統一党の流れを組む左翼党で、SPDが第2位、東部ドイツで支持者の多いAfDが、第3位についた。逆にCDUや緑の党の得票は少なく、リベラルなFDPは5%にも達しなかった。一方ベルリンの西部では、トップがSPDで、CDU、緑の党と続き、AfD や左翼党は11%と10%で少なかった。西部ではまた、小党のFDPが比較的多い8.6%を獲得している。この選挙結果から、東西ドイツと東西ベルリンが統一してから26年経った今でも、東西ベルリン市民の政治意識は異なり、統一とは程遠いことが明らかになった。東部地域で、なぜAfDの支持者が多いか、様々な分析が試みられている。

今回の選挙の結果、市議会の議席総数は160に増え、SPD 38、CDU 31 、左翼党27、緑の党27、AfD 25、FDP 12 となる。過半数は81議席。

第1党のSPDのミュラー現市長は、AfD 以外のすべての民主的な政党と連立の可能性を探るとして、これまでの連立相手のCDUや市議会に返り咲いたFDPとも連立交渉の話し合いを開始したが、最終的には、やはり左翼党と緑の党との「赤・赤・緑」の3党連立を選ぶものと予想されている。ベルリンではSPDが左翼党と連立を組んでいた時期もあったが、緑の党との3党連立は初めてで、政策が鋭く対立することもあるこの3党の連立では、ミュラー市長の政権運営は難しいものになる可能性がある。しかし、首都ベルリンで左寄りの「赤・赤・緑」政権が成立すれば、連邦レベルでの政治にも影響を及ぼさざるを得ないと見られる。連邦議会選挙が行われる来年秋までには、まだドイツ最大の州、ノルトライン・ヴェストファーレン州など3州での州議会選挙もあり、その動向が注目される。また、来年2月にはガウク現大統領の後任を選ぶ大統領選挙もある。これらの選挙結果によっては、連邦段階でも新たな政治的動きが見られるかもしれない。

ところで、メルケル首相が党首を務めるCDUは、最近行われたベルリンを含む5州の州議会選挙で立て続けに敗北を喫した。これには昨年夏以来のメルケル首相の難民政策に対する有権者の反発や不満、社会のイスラム化に対する不安や治安の悪化に対する心配なども大きく影響していると見られる。特にメルケル首相が、昨年夏、シリアなどから押し寄せる多数の難民の受け入れに関して「我々は成し遂げます」と言ったことが、批判の的となった。このため、AfDのスローガンが、「難民受け入れ反対、メルケルやめろ」に変わって支持者を集めたほか、CDUの姉妹政党であるバイエルン州を基盤とするキリスト教社会同盟(CSU )の党首、ゼーホーファー・バイエルン首相がメルケル首相の難民政策を鋭く批判、難民数の上限を決めるよう強く求めるなど、保守陣営内部の亀裂が表面化した。これまでのCDUの支持者のなかには、こうした保守陣営内部の対立に嫌気がさして、他党に投票した人もいたと言われる。

そんななかでメルケル首相はベルリン市議会選挙の翌日、ベルリンのCDU本部で、記者会見を開き、選挙での敗北の責任を認めた。本当はメクレンブルク・フォアポンメルン州の選挙の後で記者会見を開きたかったそうだが、その時はG20サミットで遠い中国にいたため、不可能だったという。 いつもは記者会見で自由に話すメルケル首相だが、今回は原稿を読み上げて、初めて難民政策での間違いを一部認めた。この記者会見でメルケル首相は、去年8月31日の記者会見で述べた「私たちはやり遂げます」という言葉が独り歩きし、自分では思ってもいない意味づけが行われたため、もうこの言葉は使えなくなったなどと述べた。

ドイツはなんの準備もないまま難民危機に陥った。できることなら時計を数年間巻き戻し、連邦政府や他の責任ある関係者が十分な準備ができてからこの問題に取り組むようにしたかったというような気持ちだ。連邦首相としての私の課題は、難民の住宅問題や社会への統合といった具体的な問題で各州政府への支援や、滞在を認められなかった人たちの送還といった問題で各部署との協力体制をオーガナイズすることにある。我々はこの1年間一生懸命努力したが、難民登録の手続きが長引いたり、難民のドイツ語の授業に教師が足りなかったり、労働市場へ難民を統合するという問題も思うように進んでいなかったりと問題は山積している。これからはこうした問題の解決に一層努力するとともに、連邦政府の政策について国民とのコミュにケーションを十分図っていく。

メルケル首相は、今後も難民増加の原因を取り除くための国際的努力も続ける考えだが、「去年秋ハンガリー国境で止められていた何万というシリアなどからの難民に対して、オーストリアとともに国境を開き、手続きなしでドイツに受け入れたことを誤りだと思うか?」という記者の質問に対しては次のような答えが返ってきた。「あの時の決定を私は今でも間違っていたとは思っていません。そういう事態が2度と起こらないようにするため、根気強く努力しています」。

これからも難民問題はドイツとヨーロッパ、あるいは世界全体が引き受けなければならない緊急を要する課題であり続けるだろう。現在ドイツ社会が直面する問題の全ての責任をメルケル首相に負わせようとするのは間違っているし、アンフェアではないだろうか。

 

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