住み込み難民と専門家が運営するウィーンのホテル

やま / 2016年5月8日

happy_1比較的平和で裕福なヨーロッパでも「自分は仕事を失わないか?これから家賃が払えるか?年金が十分か?」などと不安を持つ市民が増えているようです。この不安が、平和な暮らしを求めて入国してくる他国者に対するヘイトや妬みに繋がっていきます。難民問題は解決できるという心強い例の一つが、このソーシャルビジネスホテルです。

ウィーンのプラーター公園のほとりにある、このホテルの名前は「マグダス・ホテル(magdas hotel)」。「好きです、好みます」という意味です。このホテルのプロフィールはスタイリッシュ、ナウい、明るい、住み心地がいい、斬新で、しかも宿泊料金が手頃であること、そしてオーナー及び従業員が23ヶ国語で歓迎してくれます。人気ある宿泊予約サイトでは「とても良い」という評価が載っていました。

このエレガントなホテルは1960年代に建てられた老人ホームを改善したもので、ウィーンを楽しむ観光客のために客室が78室あるほか、住宅施設もあり、単身でオーストリアへ逃げてきた青年たちが住んでいます。2つに分かれたこの施設に住む25人の青年たちにとっても、このホテルは一時的な宿泊場であり、施設の青年の一部はこのホテルで働いています。

ホテルのウェブサイトを訪ねてみると「2つとないホテル」という太字の見出しが目に入ります。全体のデザインはモダン、そして新鮮で、カトリック系の慈善事業が営むホテルとは思えません。

「皆さんはすぐに気が付くでしょう―何かここは違うと。
マグダスホテルは粋でコスモポリタン、そしてなんとなく勇敢で…つまりウィーンの人が言うレッシッヒ(lässig、気楽、気まま、気取らない、クール)」

hotel_01今年2月に開店1年を迎えたこのホテルには熟練のホテルマン5人と従業員を指導する人1人、そして14カ国から来た20人の従業員が働いています。故郷から逃げてきた彼らの中には庇護権を得た人もいれば、一時的な滞在許可を得た人もいます。彼らがこのホテルを「第二のふるさと」と呼べるのは「カリタス・オーストリア」のおかげかもしれません。しかし「ヨーロッパ諸国と同様、オーストリアでも『歓迎の文化』は条件付の歓迎だ」と南ドイツ新聞のある記者は次のように述べていました。(一部抜粋)

この国では、庇護手続きは公式にはわずか6ヶ月で終わるとなっているが、現実は数年かかる。庇護権を得た人は3ヶ月後には、働くことが基本的に許されている。しかし、条件は季節労働であるということだ。例えば、農作業ヘルパーとして、または飲食業や売春などしかない。この追加所得制限は110ユーロまでで、これを越えると生活保護がもらえなくなる恐れがあり、そうなると国民健康保険制度から除かれる。だから難民側も雇用者側も“冒険”をしようとはしない:官僚的、まどろっこしい、リスクが高すぎるからだ。

この“冒険”を試みたのは「カリタス・オーストリア」でした。「このような状態を変えなければいけない」「社会的な問題は、経済的原理を利用すれば解決できる」と「カリタス・オーストリア」は考え、カリタス・サービス有限会社「マグダス(magdas)」を創立しました。同社は既に食堂1店舗、食堂厨房2店舗、建物管理会社1社、スーパー1店舗、リサイクルショップ1店舗を経営しています。そして1年前にこのホテルが、まずは5年間のテスト期間という条件でオープンしました。言葉の壁だけではなく、未熟練な難民が働くこの事業が必ずしも成功するとは言えないからです。現在ウィーン市のホテルのベッド総数は6万以上です。観光客でにぎあうウィーンですが、平均稼働率はおよそ60%台だそうで、ホテル業者の間の競争は激しいようです。ですから、客の目を引くためにデザインに力を入れたのは一貫しています。

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観光で疲れたらゆっくりと本が読める

「マグダスホテルはアートを好みます」とサイトの太字の見出しが続きます。美術大学がホテルのとなりにあるので、ここがスタイリッシュになることは筋が通っていることかもしれません。美大の学生たちがデザインした客室の壁を鑑賞すると、若い芸術家のエスプリが感じられます。特にユニークだと思ったのは、2人の学生が始めた「ホテルの外観を立派にするプロジェクト」です。仏教寺院で信者が金箔を買って貼る習慣がありますが、ここでは赤い銅板を15ユーロで買い、ホテルの外観を飾ることが出来ます。「Happy Openness」などと願い事が彫りこまれた銅版が、60年代に老人ホームとして建てられた既存建築のグレーの外壁を徐々に飾っていきます。

学生たちといっしょに「2つとないホテル」をデザインしたのはウィーンにある「AllesWirdGut(awg)」設計事務所です。ちなみにこの名前は「全て良くなる」という意味で「めでたし、めでたし」とでも訳すことができるでしょうか。財団「未来完了形(futurzwei)」の記事にはこのように書かれていました。(一部抜粋)

awg設計事務所は、このホテルプロジェクトを通して、今最先端のデザイン傾向を掴むことに成功した。それはヴィンテージとリサイクルを結び合わせることだ。彼らのデザインは、最近よく見かける“似非-社会的問題を隠すイチジクの葉”ではなく、経済的な必然を表している。そしてここは新しい形の美を発見する所だ。古いものへの敬意を呼び起こす。

「普通、設計者が差し向きあうプロジェクトとは違って、意外な依頼でした」とプロジェクトの責任者であったシュピーグルさんは語る。「すでに存在している物を使って、手を加えたり、リメイクしたり、試したりしながら空間を作っていきました」。

老人ホームの個室にあった作り付けの洋服ダンスはばらされて、机にリメイクされました。老人ホームの住民が使っていたスタンド、イス、ベッドそしてクッションまで、少し手を加えただけで見違えるほどモダンなインテリアに変わりました。老人ホームの倉庫で眠っていた古いトランクは重ねると、歴史あるナイトテーブルになりました。ホテルのチーフマネージャーであるオランダ出身のデ・フォスさんは自らオーストリア全国を回り、古い家具を集めたそうです。鉄道が使っていた金属製のロッカーは客室の洋服タンス兼装飾品となっています。荷物を置く電車の網棚はクロークルームに設置されて、トランク置き場やハンガー掛けとして利用されています。

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ロビーの写真展

このホテルの工事が始まった当時、極右政党である「オーストリア自由党」は「ここに青年難民センターが出来れば麻薬の売買も行われるだろう」と市民の不安を煽る発言をしたそうです。近くに住む市民の多くは「ここに外国人が?難民センターが?」と一時あわてたそうですが、隣人との付き合いは大事と気を取り直し、引っ越し祝いに本や植木を贈ったそうです。

写真参照:
上から1と2はホテルのウェブサイトから
ホテル図書室とロビーの写真はawg設計事務所、© AllesWirdGut / Guilherme Silva Da Rosa

関連記事:
南ドイツ新聞「Gute Nachbarn」Cathrin Kahlweit著
http://www.sueddeutsche.de/reise/oesterreich-gute-nachbarn-1.2433650
futurzwei「Mit einer Demut vor Omas Mobiliar」Wojciech Czaja著
http://www.futurzwei.org/#745-magdas-hotel

関連リンク:
magdas hotel、http://www.magdas-hotel.at/hotel/
AllesWirdGut(awg)設計事務所、http://www.alleswirdgut.cc/de/project/hop-d/

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