難民危機のなかで開かれた第66回ベルリン国際映画祭

じゅん / 2016年3月6日

2月11日、ハリウッドの人気スター、ジョージ・クルーニー主演の「ヘイル、シーザー」で華やかに開幕した今年のベルリン映画祭は、20日、金熊賞にイタリアのドキュメンタリー映画、難民問題を扱った「火の海」を選び、翌日の「市民のシネマデー」で11日間の幕を閉じた。今年は見ごたえのある映画がたくさんあった、良い映画祭だったと思う。今年の映画祭を振り返ってみる。

Meryl Streep Presskonferenz

記者会見でのメリル・ストリープ(FOTO by あきこ)

コンペ部門のほかパノラマ部門、フォーラム部門などの12部門で上映された作品は今年合計434本にのぼった。注目の金熊賞や銀熊賞はコンペ部門参加作品23本のうちの18本で争われ、5本は審査対象外の作品として上映された。今年のコンペ部門には、日本映画は1本もなかった。

今年コンペ部門の国際審査委員長を務めたのは、アメリカの名女優、メリル・ストリープ。彼女は開幕前、金熊賞などを選ぶ基準について「『人類共通の人間性』に基づく作品かどうか、心を動かす作品かどうかを審査の基準にする」と語っていた。その基準にぴったりあったのが、イタリアのジャンフランコ・ロージ監督のドキュメンタリー映画「火の海」だったと言えるだろう。

金熊賞受賞作「火の海」

ロージ監督は地中海に浮かぶイタリアの小さな島ランペドゥーザ島に暮らす漁師の息子、12歳の少年を中心に島の人たちの日常生活を描くとともにアフリカ諸国から小さなボートや老朽船でやってくる難民たちの悲劇という非日常的な出来事を同時進行の形で描く。ランペドゥーザ島は現在のヨーロッパで難民危機を象徴する場所となっており、同監督が、ヨーロッパが直面するアクチュアルなテーマに焦点を当てた映画を作ったこと自体評価に値するが、ドキュメンタリーでありながら、詩的で美しく、感動的な映画となっている。ドキュメンタリー映画が金熊賞を受賞したのは、ベルリン映画祭66年の歴史で初めてのことである。なお、同監督は201年のヴェネチア国際映画祭でもドキュメンタリー映画「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」でグランプリの金獅子賞を射止めている。

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ロージ監督とバルトーロ医師 (FOTO by あきこ)

ロージ監督は初めサムエル少年を主人公に短い映画を作るつもりだったが、実際に島を訪れて考えが変わったという。特に島で唯一人の医師、バルトーロ氏に出会ってから、難民問題は避けて通れない、自分も一証人としてこの現状を伝えなければと思い、短い滞在のつもりが1年半も島に移り住んでの撮影になったという。同医師は、島の住民の健康管理に責任を持つのはもちろん、20年以上前から、島にやってきた難民の診察をし、遺体の検視にも携わってきた。平和と自由、幸せを求めて故郷を捨てざるを得なかった難民たち。沈没しそうな船から無線で「助けてください」と繰り返すか細い女性の声、小さな船の船底で窒息死した多くの難民の遺体が胸をつく。この映画は、多くの映画批評家やジャーナリスト、観客の心を鷲掴みにし、上映後は長い拍手が送られ、大方の予想通り、この作品が金熊賞を受賞した。

授賞式でメリル・ストリープは「政治的立場と芸術性が一体となったこの映画は、ドキュメンタリーの可能性を示している。カメラがとらえた現実は、私たちの目を現実に向けさせる」と受賞理由を述べた。今年の映画祭最大のテーマは「幸せを求める権利」だと指摘していた総合ディレクターのディーター・コスリック氏も「今年の金熊賞受賞作品は、私の希望とピッタリ一致した」と語っていた。この映画は金熊賞のほか、アムネスティー・インターナショナル賞など3つの賞を受賞している。

難民問題が参加作品のテーマになっただけではなく、この問題が映画祭全体に影響していたことが特に印象に残った。ジャーナリストも観客も一人一人が「自分に何ができるか」を考えさせられた映画祭だったのではないだろうか。映画祭のオープニングのためベルリンにやってきたジョージ・クルーニーは人道支援活動でも知られるが、国際的に活躍する人権問題担当の弁護士である夫人とともにメルケル首相に会って難民問題について意見を交わしたり、難民施設を訪れたりしたことなども話題になった。ベルリン映画祭当局は映画祭の期間中、難民約1000人をボランティアの人たちとともに無料で招いて、一般客と一緒に映画を鑑賞するチャンスを提供した。こういう行動を起こすのは、三大国際映画祭のなかでも、ベルリン映画祭だけではないだろうか。また、期間中、今年も若い難民たちに映画祭で働く機会が与えられた。

銀熊賞審査員グランプリ受賞作

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ダニス・タノビッチ監督 (FOTO by あきこ)

金熊賞に次ぐ銀熊賞の審査員グランプリ賞は、ボスニア・ヘルツェゴビナのダニス・タノヴィッチ監督の「サラエボに死す」に与えられた。映画の舞台は2014年6月28日のサラエボの豪華な「ホテル・ヨーロッパ」。100年前のこの日、オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子がサラエボで暗殺され、それをきっかけに第一次世界大戦が始まったという歴史を踏まえた上で、現在のサラエボの状況をシニカルに描いた映画である。「サラエボに死す」は国際批評家連盟賞も受賞した。タノヴィッチ監督の、ボスニア・ヘルツェゴビナで暮らすロマ族の生活を扱った映画「鉄くず拾いの物語」は、2013年のベルリン映画祭でも審査員グランプリ賞を受賞している。

最優秀主演女優賞(銀熊賞)

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主演女優賞のトリーヌ・ディルホム (FOTO by あきこ)

デンマークの女優トリーヌ・ディルホルムは、トーマス・ヴィンターベア監督の「コミューン」の主役、テレビの有名なアナウンサーであるアンナというキャリアウーマン役で、この賞を獲得した。大学で建築学を教える夫エリクが父から遺産として受け継いだ大きな家で友人たちと共同生活を始めたが、長年連れ添った夫が若い女子学生を愛するようになり、その女子学生を共同生活に迎え入れたことから、アンナは精神的に不安定になり、ついには仕事も失う。追い詰められた中年女性の苦悩を表す演技での受賞だ。1970年代のデンマークで流行ったコミューンの実態がうかがえる。

最優秀男優賞(銀熊賞)

Hedi

主演男優賞 マジ・マストゥーラ(FOTO by あきこ)

最優秀男優賞はチュニジアのモハメッド・ベン・アッティア監督の映画「ヘディ」のタイトルロール役の男性、マジ・マストゥーラが獲得した。この映画は家庭内で絶大な権力を持つ母親が決める通りの人生を歩んできた青年ヘディが、母親の決めた女性との結婚式の直前に仕事先で自立して生きる女性と知り合い、初めて熱烈な恋をする。自立と伝統との間で深刻に悩んだあげく結局母親のもとに帰る道を選ぶという映画で、その結末には泣かされた。この映画の監督には、第1回作品賞が送られた。チュニジアからも難民がドイツにやってくるという状況のなかで、ジャスミン革命後のチュニジア社会の一面を知ることができたという点でも、私には興味深かった。


銀熊賞脚本賞と銀熊賞監督賞

脚本賞はポーランドの「愛の合衆国」のトマシュ・ワシレフスキー監督(脚本も担当)に与えられた。鉄のカーテンが開かれた直後の1990年代初め、ポーランドの小さな地方都市に住む4人の女性の愛と生活を通じて、当時のポーランド社会の現実を描く。監督賞は「アベニール」のフランスの女性監督、ミア・ハンセン=ラヴ 監督が受賞した。この作品も、哲学の教師である、定年を控えた女性が、長年生活を共にしてきた夫に新しい女性ができたため、自分一人の未来を探さなければならなくなったというテーマのものだ。実はコンペ部門に入った唯一のドイツ映画「24週」の若い女性監督、アンネ・ゾーラ・ベラシェに監督賞をと望んだ人は多かったが、その望みはかなえられなかった。胎児に障害があるとわかって悩んだ挙句に、自らの信念で決断を下した女性の苦しみという重いテーマを扱った意欲的な作品だったのだが、すべての賞を逃した。フィリピンの歴史を描いた8時間もの超大作は、アルフレッド・バウアー賞を受賞した。

ベルリン映画祭は世界の三大国際映画祭のなかでも、特に政治的、社会的テーマを取り上げる傾向と市民参加の映画祭であることが特徴だと言われる。その傾向は今年も受け継がれ、コンペ部門の18本の中には他にも、メキシコからの移民で、アメリカの永住市民権であるグリーンカードを獲得するための手段として軍隊に入り、危険な中東に派遣されてテロと向き合う青年をテーマにしたメキシコの「ソイ・ネロ」などがあった。特に新しいテーマとして注目されたのが、アメリカのドキュメンタリー作家、アレックス・ギブニー監督の「ゼロ・デイズ」だった。スタックスネット現象といわれる、勝手に増殖するコンピュータウイルスを追っていたIT関係者が、それがもともとはアメリカ国防省とイスラエルがイランの核兵器開発を妨害するために開発した「オリンピックゲーム」というニックネームの秘密のプログラムであることを突き止め、誰かがボタンを押すだけで核爆発が起こりうるという危険性を指摘した、恐ろしい映画である。「しかも、誰が犯人か特定できないために、この映画をきっかけにサイバー兵器の恐ろしさについての議論を始めて欲しい」とギブニー監督は強調していた。

その他にも素晴らしい映画がたくさんあった。コンペ部門の審査対象外として紹介されたニュージーランドのマオリ族の2家族の抗争と愛の物語を描いた「マハナ」やフランスの俳優ジェラール・ドパルデュー主演の父親と息子の関係とワインがテーマの楽しい「サンタ・ムール」などなど。ベルリナーレ・スペシャル部門で公開された2本の映画、「ヨーヨー・マとシルクロード・アンサンブル」とマイケル・ムーアの「Where To Invade Next」も私には興味深かった。

日本人として見逃せなかったのは、ドイツの監督ドリス・デリエの「フクシマ・モナムール」だった。この映画ではフクシマを舞台にしながら、デリエ監督独特の世界が展開されており、特に反原発の主張をはっきり打ち出しているわけではない。しかし、除染土を入れたたくさんの黒いフレコンバッグが野ざらしになっている風景や仮設住宅の住民の生活、最後にちらっと出る反原発デモの映像が彼女のメッセージを伝えている。さらに同監督が放射線測定器を持って絶えず線量を測りながら安全な場所で撮影を続けたこと、撮影はすべてドイツから持ち込んだ太陽光発電装置で作られた電力で行ったと聞いて、心底脱帽した。

 

 

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