原子力のとりこになっているフランスのエネルギー転換法

永井 潤子 / 2015年8月16日

フランス国民議会(下院)は7月22日、何ヶ月にもわたる議論の末、エネルギー転換に関する包括的な法案を成立させた。この法案は具体的な数値目標を掲げて将来エネルギーの消費そのものを減らし、再生可能エネルギーを増やして原発依存度を減らし、気候温暖化ガスの排出量を大幅に減らすことなどを決めている。また、こうした目標を実現するため、建物のエネルギー効率の向上など、一連の具体的な措置も決めているが、原発に関しては、エネルギー政策の劇的な転換を示すものではない。

この法案の原案は、第2次オランド内閣のセゴレーヌ・ロワイヤル環境・持続開発・エネルギー相が昨年7月にグリーン成長を目指して提案したもので、社会党のオランド大統領が2012年の大統領選で約束したエネルギー改革の実現を目指すものだった。保守派や原子力ロビーの反対を抑えて法案成立にこぎつけた同大臣は「ヨーロッパでもっとも野心的なエネルギー法案」だと胸を張った。確かに、フランスが気候温暖化ガスの排出量を2030年までに1990年比で40%減らし、2050年までには75%削減することや、2030年までに再生可能エネルギーによる電力を全体の40%に引き上げるという数値目標をこの法律に明記したことは、画期的なことかもしれない。ロワイヤル環境相は、特にこの法案が今年の年末にパリで開かれる国連気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)に向けての強力なシグナルになると見る。

しかし、もっとも問題視されているのは、総発電量における原子力の比率を10年後の2025年までに現在の75%から50%に引き下げるという数値目標が明記されたことである。明記されたのはいいが、この目標は実現不可能だという批判が少なくない。その目標をどうやって実現するか、現在58基ある原発のどれから廃炉にしていくかなどという具体策がまったく示されていないため、グリーンピースなど環境保護派からは「大いなる曖昧さ」などと批判されている。原発による総発電量は63GWを上限とするということもこの法案に明記されているが、これは現在の発電量と同じである。原子力ロビーの抵抗によって、現状を追認した形となったとみられ、原子力を減らすという具体的な方向は示されていない。今後10年間に原発による発電量の割合を25%下げるには、その間の再生可能エネルギーの飛躍的な伸びが期待できない限り、原発20基ほどを停止しなければならないと専門家は見る。今後10年間に20基もの原発を停止させることはほとんど不可能ではないかというのが、大方の批判だ。そもそも脱原発への具体的な工程表が示されていないのは、最大の欠点だと見られる。

その他はドイツがこれまで目指してきたような社会全体での省エネ対策を目指し、建物のエネルギー効率を高めるための改築工事への減税や再生可能エネルギー、特にオフショア風力発電の開発促進などに4億ユーロ(約544億円)の予算をあてること、輸送手段の大気汚染改善、電気自動車の推進、廃棄物の削減とリサイクル促進などを新法案に盛り込んだことなどが評価されている。フランスの省エネ対策は、ドイツ政府が目指すものとほぼ同じだが、ドイツでは法律に明記されてはいない。そのため、ドイツの環境保護派の中には、フランスを模範にエネルギー効率の向上などを法律に盛り込むようドイツ政府に求める人たちもいる。

ところで、ロワイヤル・エネルギー相は、オランド大統領の事実婚の元パートナーで、同大統領との間に4人の子供がいる。また、2007年の大統領選挙を自ら社会民主党の女性候補として戦い、サルコジ前大統領に敗れたという経歴の持ち主である。ドイツの週間新聞「ディー・ツァイト(Die Zeit )」のオンライン版は、そのことに触れて、フランス風エネルギー転換の法律がそもそも成立したのは、ロワイヤル氏の決断力と反対派まで引き込む人間的な魅力が大きな役割を果たしたとし、「彼女のような決断力はオランド大統領にはない。2007年の大統領選挙ではサルコジ氏ではなく、彼女に勝たせたかった」とまで書いていた。

ただ、ドイツの反応は脱原発への道が具体的に示されていないことへの批判が多く、その代表的な論調が南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)のレオ・キム記者の「フランスのエネルギー転換、原子力のとりこ」というタイトルの記事だ。

「この法律の名前はエネルギー・トランジション。トランジションは本来移行とか過渡といった意味で、これをエネルギー転換法と訳すのは必ずしも正しくない。いずれにしてもこの法律で、原発大国フランスが脱原発への道を歩むと理解するのは誤りである。この法律は原子力による発電の割合を現在の75%から50%に引き下げるという目標は掲げているが、それをどう実現するか、58基の原発をどう減らしていくかの具体的な工程表が全く示されていない。また、エネルギー消費を半減させるという目標への具体策もない。つまりこれは法律の形をとったフランス政府の約束に過ぎない。気候変動防止の野心的な目標も、年末のパリでの気候変動に関する国連会議(COP21)の成功を望むオランド政権の野心の表現でしかない。オランド政権の掲げる気候温暖化ガスの削減も、原子力によって実現しようとしているようで、フランスは原子力からの離脱を望んではいないのだ。フランスは経済界も消費者も原子力のとりこになっている。こうした状況の中では、エネルギー転換といっても原子力への依存度を少し下げる程度のことしか目標に掲げられないが、その目標すら達成するための決定的な要素が二つ欠けている。一つは目標実現のための政治的意志であり、もう一つは再生可能エネルギーを促進するための資金である」。

キム記者は、オランド大統領が大統領選で約束したドイツとの国境に近い古い原発、フェッセンハイム原発の廃炉の時期すら明らかにしなかったことに失望の意を表し、脱原発どころかフランスが電力供給の安定を目指すとして各原発の稼働期間を現在の40年から10年延長するのではないかと危惧している。

ドイツの環境保護派の人たち中には「西隣りの国の人たちが原発の危険性に目覚めるのは、自分の国でチェルノブイリや福島のような大変な事故が起こらなければダメなのか」と怒る人たちが多い。実際に大きな原発事故が起こっても危険に目覚めない人たちもいるが、国境を接するドイツとフランスで原発に関する考え方がこんなにも違うことに、EU(ヨーロッパ連合)の将来の多難さを見る思いがする。

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