2014年の「不愉快な言葉」大賞に「嘘つきメディア」

ツェルディック 野尻紘子 / 2015年1月18日

ドイツ語学研究者らが毎年選ぶ恒例の「今年の不愉快な言葉」2014年版が「嘘つきメディア 」に決まった。 ドイツ東部の都市ドレスデンで昨年秋頃に始まり、急テンポで広がりつつある「反イスラム化」と称するペギーダのデモで、参加者がプラカードに掲げたり叫んだりしている言葉だ。

デモの正式名は「西洋のイスラム化に反対する愛国的ヨーロッパ人(Patriotische Europäer gegen Islamisierung des Abendlandes)」で、一般にはその頭文字をとって「ペギーダ(Pegida)」と呼ばれる。ドイツではここ数年、シリアやアフリカからの難民や移民が急増し、そのためにドイツのイスラム化が進むのではないかという市民の危惧がデモの発端とされる。従ってデモ本来のテーマは反イスラム化のはずだが、ドレスデン及びドレスデン近郊のイスラム系住民は実際には1%にも満たず、同地域のイスラム化の危険は少ない。その実、参加者の多くはデモを反イスラムよりむしろ、社会・政治一般に対する不満・鬱憤を発散させる場所として利用しているようだ。

デモの場で、「社会の上の人たちは、我々下の人のことなど構ってない」、そして「新聞が書いていることやテレビが放送することはみんなウソだ」ということを示すために「嘘つきメディア」と叫んでいるらしい。

しかしこの言葉には多分に不名誉な過去がある。第一次世界大戦のころに生まれ、当時は戦争相手国を卑しめるために、また自国民を安心させ騙すために「相手国の新聞が報道していることは事実ではない、あれは嘘つきのメディアだ」と宣伝した。またナチ時代には「独立系や共産党系の新聞はウソしか書いておらず、あれは嘘つきメディアだ」と使った。旧東独のドイツ社会主義統一党(共産党)も、西側諸国のメディア、特に旧西独のメディアを「資本主義の嘘つきメディア」と批判した。

4人の独立した立場のドイツ語学研究者が常任メンバーで、それに毎年2人のジャーナリストや文学者などが加わる「不愉快な言葉」の審査委員会は、この汚れた言葉がこのまま使われては困ると、この言葉を2014年の「不愉快な言葉」に選んだ。現在のメディアを、そのように呼ばれた昔のメディアと同等に扱うことは、民主主義の危険を呼ぶと言いたいのだ。「『嘘つきメディア』は安易に使う言葉ではありません」と審査委員長のドイツ語学者、ニナ・ヤーニッシュ教授は記者会見で明言した。

ドイツではメディアは第4の権力と言われ、記者たちは社会的責任を自覚している。そして、メディアには真実を伝える任務があると認識されているので、「嘘つきメディア」という言葉は、それ自体で矛盾してしまう。信頼性のあるメディアに対し「嘘つきメディア」ということは妥当ではないからこそ、これが2014年の「不愉快な言葉」に選ばれたのだ。

このような中立で批判的な委員会がドイツにあることを素晴らしいと思う。そしてひところの日本での凄まじい「朝日パッシング」を思い起こしてしまう。

ドイツの作家ゲオルグ・ビューヒナーの名言で、旧東独の住民が自由を求めて壁の崩壊を要求するデモの際に使った、自分たちが主権の持主であるという意味の「我々が国民だ」という名句を、ペギーダのデモでは、「この国の住民は(外国から来た移民ではなく)我々ドイツ人である」という意味に使っている。また、ナチ政権がユダヤ人の影響力の強化を妨げるために考え出した「ドイツへの 外国からの過度な影響」という言葉を「イスラムの影響を避けるべきだ」という意味にすり替えて使ってもいる。

1989年の旧東独崩壊を導いたデモは、毎週月曜日にライプチヒで行われた。ペギーダもそれを真似て、月曜日にデモをしている。昨年10月には数100人だったドレスデンのデモ参加者が、今年1月5日には1万8000人に、パリの惨事直後の1月12日には、心配された通り、2万5000人に増えた。デモはまた他都市にも広がりつつあり、ライプチヒやデュッセルドルフ、ミュンヘンなどでもデモが行われている。だだ、このデモに反対する市民も多く、同じ月曜日にドレスデンではペギーダの2万5000人に対し8000人が反対デモに参加した。ミュンヘンでは1500人のペギーダ参加者に対し1万8000人が反対デモに繰り出した。また、メルケル首相を含む政治家たちが、ペギーダのデモに参加しないように呼びかけていることも事実だ。

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