ベルリンでの8月6日

じゅん / 2014年8月10日

広島の原爆記念日の8月6日朝、自宅に配達された朝日新聞の国際衛星版を開くと、「どんな状況でも核兵器にノーを」という大きな見出しが目に飛び込んできた。一面のトップ記事は原爆の詩の朗読を続ける女優の吉永小百合さんとのインタビューで、「広島、長崎の原爆被害にあった日本人だけは、どんな状況でも未来永劫、核に対してアレルギーを持ってほしい」という彼女の言葉が強く印象に残った。

彼女はまた原発についても次のように言っている。「原子力の発電というのは、特に日本ではやめなくてはいけない。これだけ地震の多い国で、まったく安全ではない造り方、管理の仕方をしているわけですから。どうやって廃炉にしていくかを考えないと」。原発の再稼働や輸出の動きがあることに対しても「『さよなら原発』と私は声をだしていきたい。みんなの命を守るために。まだ毎日、汚染水など現場で苦しい思いの中で作業していらっしゃる方が沢山いる。そういう中で、外国に原発を売るというのはとても考えられないことです」とも述べている。あっぱれ吉永小百合さん!

この日の朝日新聞は作家で精神科医の帚木蓬生氏の「戦争を想像する」という長いインタビューや前日に続いて「日韓関係はなぜこじれたか、慰安婦問題を考える」という意欲的な検証記事をまるまる2ページにわたって掲載していて、非常に読みでのある紙面となっていた。

広島の松井市長が平和宣言の中で、集団的自衛権という言葉を使わないながらも「唯一の被爆国である日本政府は、我が国をめぐる安全保障環境が厳しさを増している今こそ、日本国憲法の崇高な平和主義のもとで69年間戦争をしなかった事実を重く受け止める必要があります」とはっきり述べたことは、インターネットで知った。

夜、ベルリンの日本大使館では「平和のためのコンサート」が開かれた。2009年から毎年原爆投下の日に開かれているこのコンサート、今年は少し趣が変わった。これまではコンサートの前にドイツのゲンシャー元外相などの政治家や日本の原爆被爆者の講演などが行われてきたが、今回は中根日本大使の挨拶、ドイツ外務省のシュタインライン次官のスピーチの後、広島と長崎からやって来た高校生と大学生の「ユース非核特使」の挨拶とベルリンのギムナジウムの日独の生徒2人を含めた4人の若者によるパネル・ディスカッションが行われたのだ。

中根大使とシュタインライン次官はともに、今年4月に広島で開かれた第8回NPDI(軍縮・不拡散イニシアティブ)外相会議に触れ、世界平和の維持に日独両国が果たすべき責任を強調した。なかでもシュタインライン次官の次のような言葉が印象に残った。「我々が生きる現代の世界で何か欠けているものがあるとすれば、それは平和です。ヨーロッパにおいては20世紀前半の暴力と不正を繰り返さないための基盤が、ヨーロッパ統合によってつくられました。我々ヨーロッパ人にとっては、ヨーロッパ統合は歴史的に非常に重要で、幸福な出来事です。従ってこの統合をさらに進め、未来のヨーロッパのためにさらに努力する必要があります。グローバルな課題についても我々はアジアのパートナー国とともに責任を負っています。しかし、東アジアで政治的な緊張が高まっていることが憂慮されます。領土問題の平和的な解決は、率直で誠実な対話と相互理解への真の意志によってのみ達成できます。そのために我々は、緊密なパートナー関係にある日本とともに今後も一層努力する考えです」。

長崎県を代表して広島と長崎の悲惨な状況について基調講演をしたのは「第16代高校生平和大使」で、現在大学1年生の麻生こころさんだ。広島代表はカトリック系女子高校1年生の濱崎楓子さん、彼女の曾祖父母4人のうちの3人が被爆者だという。あどけなさの残る濱崎さんも英語で一所懸命に自分たちが被爆体験を引き継ぎ、次の世代に伝えていくべき責任を語った。この後ベルリンのギムナジウムの生徒、木下萌さんとヴィプケ・ヒンリクセンさんが加わって短いパネル・ディスカッション。私がちょっと気になったのは4人の若い学生が全員女性だったことで、後で麻生さんに聞いたところ、日本でこういう運動をしているのは女子学生がほとんどだということだった。

本来のコンサートでは、今年はオーストリアのリンツ在住のアンサンブル「とり」のメンバーの演奏で、原爆詩人、栗原貞子の詩「原爆で死んだ幸子さん」のドイツ語訳にライプチヒ在住の作曲家で指揮者のウド・ツィンマーマンが作曲した曲が披露された。これはベルリン在住の音楽ジャーナリスト、広島出身の中田千穂子さんが仲介の労をとったものだ。アンサンブル「とり」はソプラノ、ピアノ、コントラバス、それにマリンバという珍しい編成で、ツィンマーマンの曲も同アンサンブルの編曲で演奏された。コンサートそのものも、これまでのクラシック音楽とはひと味違った味わいのものだった。

広島と長崎の「平和大使」は8月3日から5日まで日独の高校生による宿泊セミナーにも参加して原爆問題だけではなく原発問題についても議論し、ドイツのギムナジウムの生徒たちの知識の幅の広いこと、自分の意見をはっきり言う態度に感心させられたと語っていた。平和コンサートが終わった後になって私は広島の濱崎さんの日本語で書かれたスピーチ・メモを読み、心を打たれた。そこには次のように書かれていた。「私の高校は戦後間もなくにできたカトリック系の女子校です。夏の制服には長袖と半袖の2通りがありますが、生徒のほとんどは蒸し暑い夏にも長袖の制服を着用します。これにはある理由があります。創立当初、被爆経験のある生徒が多くおり、中には腕にやけどの跡が残っている生徒もいました。そうした生徒はやけどの跡を隠すために、夏でも長袖の制服を着ました。すると、彼女たちが目立つことのないよう、他の生徒もみな長袖を着始めたといいます。夏に長袖を着なければならないという規則があるわけではありません。しかし、今でも、私たちは長袖で過ごします。ここには、広島に原爆が投下された事実を忘れてはならない、風化させてはならないという思いが受け継がれているように感じます」。この広島の少女たちの思いが世界中の政治家たちの胸にも響きますように!

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