ドイツのエネルギー転換を「失敗」と言うのは妄言

ツェルディック 野尻紘子 / 2014年4月6日

「地球温暖化にはもう疑う余地がない」、「温暖化は人間が作ったものだ」。このほど横浜で開催された第38回気候変動に関する政府間パネル(IPCC) 総会からのメッセージは、今この地球に住む我々一人一人への(2007年に続く再度の)警鐘で、温暖化ガスの削減は我々に課せられた義務と言える 。 エネルギーの需要を出来るだけ多く自然エネルギーで賄い、化石燃料の燃焼で増える温暖化ガスの発生を減らそうというドイツで進められているエネルギー転換は、その方向に向かっての努力なのだが、これを既に「失敗だ」と決めつける日本のメディアがこのところどうも増えているように見受けられる。短絡的に、しかも目先のことしか考えないと、そういう結論が出てくるのかもしれない。

今回の総会で発表されたIPCCの第5次評価報告書は、度重なる酷い干ばつや洪水、動植物種の減少や伝染病の増加、飢餓を強いられ食べ物を求めて故郷を捨てなければならなくなる人々の流れなど、これから増加するであろう被害を提示し、地球温暖化の影響は世界各地で起こりうると 述べている。ドイツは1997年の京都議定書で決められた、温暖化ガスの排出量を2012年までに1990年比で一定程度(ドイツの場合は21%)削減するという目標を達成した数少ない工業国の一つだ。しかしドイツのこの温暖化ガス削減の成果は、世界規模では何の役にも立たないと思われることが多いようだ。また、ドイツは福島の原発事故を受けて大胆な2022年までの 脱原発を決定した。その分、再生可能電力を促進しているのだが、そのために電気代が上昇したり、2013年に二酸化炭素の排出量が前年比で1.2%増加したりしたために、それだけでもうドイツのエネルギー転換は失敗だと見る人が出てきているようだ。

しかしドイツで言うエネルギー転換とは、もともと、脱原発・再生可能電力の利用だけを指すものではない。住居・建物内の暖房や物資の運搬・人の移動のための交通にも再生可能エネルギーを利用し、あるいは省エネを通して、より多くの資源を次の世代に残す一方、温暖化ガスの発生を出来るだけ抑えて、気候の変動を防ごうという包括的な目的を追っているのだ。

ドイツの夏は(まだ)気候が穏やかで、冷房はほとんど使われていない。これとは反対に、冬に暖房のない家は皆無と言っても言い過ぎではなく、暖房がドイツの総エネルギー消費量の半分近く(ドイツ経済学研究所(DIW)やエネルギー出入バランス研究チームの数字では47%)を占めている。IPCCの評価報告書に対してヘンドリックス連邦環境相は、「これからは冬場の屋内の平均温度を22〜23度ではなく、20〜21度に下げて、必要ならば1枚セーターを上に着るようにしなくてはならない」と語ったほどで、この分野での潜在的な省エネの可能性は極めて大きい。また暖めた屋内の空気が、壁や窓、あるいは屋根から屋外に逃げることを妨げるために、建造物の断熱の必要性も重要視されている。交通分野では、公共交通機関のさらなる充実が語られ、EU単位では車の排気ガスに含まれる二酸化炭素の削減を計画している。ちなみに、2020年から許容される新車の二酸化炭素の排出量は 走行距離1km当たり平均で 95gまでと2013年秋に決まったばかりだ。また代替ガソリン、電気自動車、水素自動車に関するディスカッションも盛んに行われている。

電力分野では再生可能電力が着実に増え、その割合は2013年にドイツの総発電量の約4分の1に達した。しかしこれを日本のメディアなどが手放しで褒めない理由はいくつかある。まず、再生可能電力の固定価格買取り制度(FIT)のために一般消費者たちの支払う電気料金が上昇している。天候的条件が整わず自然エネルギーでの発電が不可能な時に必要となるバックアップとして、現在破格に安くなっている褐炭を燃やす火力発電所での発電が増加していることで、二酸化炭素の排出量が増えていることなどもある。褐炭の安値は、米国でのシェールガスとシェールオイルのブームで世界中の石炭とそれより質の悪い褐炭の価格が低下していることに由来する。また現在ヨーロッパでは二酸化炭素排出量の取引価格が低下しており、褐炭などの使用を止めるはずのメカニズムが働かなくなっていることも事実だ。しかし日本のメディアの一部には再生可能電力の増加を褒めたくない他の理由もあるようだ。褒めたくないのは、いまだに原子力発電の安全神話と原子力ムラの権力 を疑っていないからだろうか。ドイツの現状をこき下ろすことで、日本人のご機嫌を取りたいからだろうか。それとも現実を理解していないからだろうか。

例えばこんな例がある。ドイツ連邦議会から指名された6人の経済学者で構成する研究・イノヴェーション専門家委員会がこの2月26日に発表した2014年度の意見書は、多額の経費を飲み込む再生可能エネルギー優先法(略称:再生可能エネルギー法、EEG)は「二酸化炭素排出量の削減にも、特許に繋がる確定的な技術開発にも役立たなかった」、「だからEEGは改正ではなく廃止されるべきだ」という内容だ。この法律が曲がり角に来ており、現在改正案が検討されていることは、みどりの1kWhで何度も報道している。研究開発のみの促進ではなく、固定価格買取り制度を通して個人や協同組合への太陽光パネルや風車の普及までも促進したことが負担になっているのだ。だが、緑の党のホーフライター連邦議会議員団長は、「EEGが技術革新に貢献しなかったと主張する人は、最新の風力発電装置を見たことがないのだろう」と批判する。

この意見書の発表を、あたかも鬼の首でもとったかのように誇示し、「ドイツの再生可能エネルギー法は失敗だったのか? 科学的視点に欠けた脱原発促進がもたらす矛盾が次々表面化」と日本語版インターネットで書き立てるのは一方的過ぎるし、あまりにも短絡的だ。「太陽光発電に夢を追ったドイツのエネルギー政策は完全に暗礁に乗り上げている」と日本の新聞に書くのも酷いし、あまりにも視野が狭過ぎる。今の時点でこの法律の改正が必要なことは周知の事実だが、同法の施行当時、つまり再生可能電力の発電装置がまだ高価で誰もが投資に躊躇していた十数年前に、まだ珍しかった太陽光パネルや風力発電装置の普及に役立ったことに疑いはない。ガブリエル連邦経済・エネルギー相は、「再生可能電力の割合が現在ドイツの総発電量の25%を占めるのはこの法律のおかげだ」と反発する。太陽光パネルの価格が世界規模で急テンポで下がったのも、この法律に負うところが大きい。

安いパネルは既にもう現在、貧困国の過疎地に住む人々に、二酸化炭素を増やすことなく電力の恩恵を受ける可能性を与えている。世界一人口が多く化石燃料の消費量も世界最大の中国は、ドイツを手本にしているとされる。現在、世界の風力発電装置の4分の1は中国で回転している。そして今週ドイツを正式訪問した中国の習近平国家主席は、「地球の限界が見えてきた。持続可能な国づくりを達成したい」と話し、その際にドイツとのパートナーシップを希望すると語ったそうだ。

「上のような例を見る時、ドイツが今立たされている立場が明瞭になる。それは現時点の政権争いを超えた責任ある将来への道を示すことだ。ドイツはこれからさらに電力の安定した供給へと次ぎのステップを提示すべきなのだ。バーチャル発電所構想、電力の調和された大量消費、ノルウェーとの協力による揚水発電、大規模バッテリーの開発など、そのためのコンセプトはすでに存在する。電力の取引市場での価格は下がっている。電気代が払えなくなるというのはウソだ。排気ガスの上昇をこれからも抑え、もっと競争を導入し、エネルギー転換を進めるべきだ」とドイツのメディアは主張している。

ところが日本の新聞の中には、数日前に「こんな不安定かつ非効率でコスト高の電源が、原発の代替となり得るはずはない」、「電気代は10年間で2倍になり、ドイツ国民の不満は爆発した」などと 書いているところがある。 2010年という(福島事故、メルケル政権の脱原発決定以前の)古い国際エネルギー機関(IEA)の数字を出して来て、「不安定な太陽光発電や風力発電を増やしたばかりに(ドイツは)原発大国フランスから大量の電力を買い取る羽目に陥った」、「ドイツはエネルギー安全保障上も『危ない綱渡り』をしているとしか言いようがない」とまで述べている。しかしこれは真実からほど遠い。私の周りに、不満を“爆発”させている人など、誰一人としていない。また、ドイツがエネルギー輸出国であることと、フランスの原発電力に頼っていないことは、このみどりの1kWhが何度も書いて来た。

別の日本の記事には「2022年までに脱原発は終わらない」、「ドイツでは再生可能エネルギーが抜群に増えている。しかし、停止される原子力の代わりになるのは、基本的に火力であり、自然エネルギーではない。その現実に、ドイツは今ようやく気付き始めているところだ」という文章も見られる。 この文章の筆者には、現在が脱原発・脱火力発電から自然エネルギー発電への過渡期であるということが分からないらしい、としか私には理解出来ない。

「今、ドイツ人の馬鹿さ加減を陰で笑っている人たちが、羨ましそうに感嘆するようになるまでの期間は、そんなに長くないはずだ。福島の事故から10年の歳月を経たときの総括は、今とはまるで異なっているだろう」と、 ベルリンの有力新聞は福島の事故3年後のこの3月11日に確信ありげに社説にそう書いている。

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