前進する脱原発

永井 潤子 / 2012年11月18日

日本では最近「ドイツの脱原発はうまくいっていない」と喧伝する人が増えているという。雑誌などでも「原発ゼロ懐疑論」が目立つとか。例えば、「ニューズウイーク」日本版の10月31日号は「脱原発のコスト」という特集を組んだが、そこには「原発維持を決めたフィンランド、脱原発を疑いはじめたドイツ」、「脱原発の優等生ドイツの憂鬱な現実」、「脱原発の『手本』ドイツの行き詰まり」といった見出しが並んでいる。エネルギー転換はエネルギー革命と言われるほどの国家的大事業であるため、確かに緊急に解決すべきさまざまな問題を抱えてはいる。しかし、現地で暮らし、ドイツのメディアを見ている私には、少なくとも「脱原発を疑いはじめたドイツ」という雰囲気は感じられない。実際はどうなのか、検証を試みる。

11月3日、ほとんどのドイツの新聞は前日ベルリンの首相官邸で開かれた「エネルギー・サミット」の様子を一面トップで伝えた。16州の首相とメルケル連邦首相やアルトマイヤー連邦環境相が「エネルギー転換」が直面する問題点について膝をまじえて話し合ったのだった。

「メルケルはエコ電力をスムーズに発展・拡充させる意向」。ミュンヘンで発行されている全国新聞「南ドイツ新聞」はこのような大きな見出しを掲げた。一方、メルケル首相を取り囲む超党派の政治家たちの笑顔の写真を掲載したベルリンの保守系全国新聞「ディー・ヴェルト」の見出しは「メルケルは冬のブラックアウトを起させないつもり」というもので、「連邦政府と各州首相はエネルギー転換の共通の方針を確認」というサブタイトルもついている。

それまでドイツには16通りあるいは17通りのエネルギー転換案があると各界から批判されていた。現在のドイツは連邦制国家で、全部で16州ある各州の権限が強い。その16州がそれぞれ、自分の州の利益を優先させたエネルギー政策を目指して努力しはじめていた。そして連邦政府内部ではドイツ全土を見渡した政策について意見が割れていたため、ドイツのエネルギー転換政策は一貫性がないと批判されていた。しかし、この日の「エネルギー・サミット」で16州の首相も、自分の州の利益だけでなく全体的な視点でエネルギー転換をはかって行くということで連邦政府との間に基本的な意見の一致を見ることができたのだった。この合意には「エネルギー・サミット」に先立ってワイマール近郊のエッタースブルク城で開かれた各州首相会議で得られた合意が大きな役割を果たしている。この各州首相会議では、再生可能エネルギーの一層の発展・拡充、新たな送電網の建設、再生可能エネルギー優先法の改正について大枠の合意が生まれたという。16州の州首相の所属政党はキリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟(CDU/CSU)、社会民主党(SPD)、緑の党などさまざまである。

しばらく前までの各州のエネルギー計画はてんでんばらばら、例えば北海とバルト海に面した最北部のシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン州は、洋上風力発電(オフショア)に力を入れ、風力で需要の3倍もの発電を行ない、電力需要の多い、そしてこれまで原子力発電に頼る度合いの多かった南部の州に輸出する計画を立てていた。しかし、北部から南部へと電気を送る送電網がまだ完備されていないうえに、南部のバイエルン州やバーデン・ヴュルテンベルク州には北部の電力を大量に受け入れる考えはなく、むしろ地産地消、州独自のエネルギーを開発して、エネルギーのアウタルキー(自給自足)を目指す傾向が見られた。

一方、連邦政府のなかでは副首相の自由民主党(FDP) のレースラー経済相が太陽光や風力による再生可能エネルギーが増えることにより、電気料金に上乗せされる再生可能エネルギー促進のための賦課金が増え、電気料金が上がるのを防ぐため、再生可能エネルギーによる発電量を割当制にするべきだと主張、アルトマイヤー環境相も、太陽光や風力による発電を制限する意向だと伝えられていた。そのため州首相側は、連邦政府側が再生可能エネルギーの制限を提案するのではないかと警戒していた。しかし、「エネルギー・サミット」を終えたメルケル首相は意外にも「再生可能エネルギーのすみやかな発展は必要である」と強調したのだった。「その際、電力の安定供給が全体として脅かされないように配慮し、電気代も妥当な範囲内にとどめなければならない。しかし、再生可能エネルギー発展のダイナミズムを壊してはならない」などとも述べたのだ。メルケル首相は「我々は全員エネルギー転換が成功することを望んでいる。いずれにしても私は、きょうの各州政府首脳会議で州首相たちのエネルギー転換を実現させようという気概を感じた」とも語り、「ドイツ全体での対話」の必要性を強調していた。電力に占める再生可能エネルギーの割合は現在25%で、連邦政府はこの割合を2020年までに35%に増やす目標を立てているが、連立与党に属するバイエルン州首相は、エネルギー転換のテンポはこの目標よりさらに早まるだろうとの見通しを明らかにしたという。

この10月から1年間各州首相会議の担当州を務めるテューリンゲン州の首相(女性)は「16州の州首相の合意事項を連邦政府が受け入れたことで、ドイツ全体の合意が生まれた」と語り、そのキーワードとして「エネルギー・ミックス」という言葉を口にした。再生可能エネルギーだけではなく、原発以外のあらゆるエネルギー源を動員して行くという意味のようである。シュレスヴィッヒ・ホルシュタイン州首相は「各州首相は国全体の長期的なエネルギー政策のために、自分の州の政策を修正する用意がある」と語っていた。

各州の利益、関心事というのは例えば、東部ドイツのザクセン州やブランデンブルク州などにとっては地元で生産される褐炭を今後も発電に使えるかどうかという問題であり、唯一の緑の党の州首相を抱くバーデン・ヴュルテンベルク州では陸上の風力発電を大幅に増やせるかどうかに関心が集まっている。バイエルン州にとっては予備の発電所として新しいガス発電所の建設が実現するかどうかが重大問題である。2015年以降多くの原発が廃止になるバイエルン州では、予備の発電所なしでは冬場の安定した電力供給ができなくなる可能性があるためだが、民間の電力会社は莫大な投資を必要とする予備の発電所の建設は経済的に割りが合わないとして乗り気ではない。そのため国の助成策の必要性が論議されている。連邦政府、各州首相はドイツ連邦ネット・エージェンシー(Bundesnetzagentur) と協議して、予備の発電所問題を含めた電力安定に関する大枠を来年2013年上半期までに決めることを今回の「エネルギー・サミット」で決定した。また、再生可能エネルギーが増えるにつれ電力料金が値上がりするという現行の再生可能エネルギー優先法を改正する必要があるという点で、「エネルギー・サミット」の参加者の意見は一致したという。どのように改正されるかは明らかにされていないが、ドイツの総選挙は来年秋に予定されているため、現メルケル政権に残された時間は少ない。

11月2日にベルリンの首相官邸で開かれた「エネルギー・サミット」の報道からは、ドイツの責任ある政治家たちが懸命に脱原発という困難な課題と取り組む真摯な姿勢が伝わってくる。「脱原発を疑いはじめたドイツ」という雰囲気でないと思うのだが、どうだろうか。少なくとも私は「ドイツの脱原発は一歩一歩前進している」と思うのである。

4 Responses to 前進する脱原発

  1. みづき says:

    ドイツは南北で主要エネルギーの種類が違うこと、
    州で自給自足したいという意識が強いこと
    など、勉強になりました。

    ドイツでは、かなり具体的な話を進めていて
    確実に脱原発が進んでいるのに、日本のメディアは
    どうしてネガティブな報道ばかりするのでしょうね。
    ほんとにイヤになってしまいます。

    • じゅん says:

      みづきさん、コメントありがとうございました。日本のメディアがドイツの脱原発についてネガティブな報道をするのは、原発推進派の影響なのでしょうか? 早く再生可能エネルギーに変わった方が、人間の生命も生活も守れ、雇用も増える可能性があると思うのですが。ドイツの政治家も産業界もエネルギー革命に一生懸命取り組んでいるのに、それを伝える報道はあまりないのかしら。

  2. koba says:

    http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/1129.html
    雑草から燃料を作る日本の知恵。
    原発に変わるエネルギー、世界の知恵を出し合えば、前進すると、思うのですが。
    ドイツは哲学しながら石橋を叩いて渡るので、脱原発はやり遂げると思います。
    それが不屈のゲルマン魂。次世代の勝者はドイツ?

    • じゅん says:

      コメント、ありがとうございました。ドイツは哲学しながら石橋を叩いて渡る、いいですね。そういう場合ばかりでもないと感じることもありますが、政治家や社会の要人たち、一般の人たちに「原発は人間的な生活とは相容れない」という意識が強くあることに希望を持っています。「意思あるところに道あり」です。