“食べてもいい町”アンダーナッハ

やま / 2012年11月4日

収穫の秋です。食欲の秋です。しゃきっとするピーマン、真っ赤に熟したトマト、香りの良いハーブ、食材が町の一面に育ち、市民が収穫するのを待っている、そんな“食べてもいい町”アンダーナッハがドイツワインの名産地として知られているラインラント=プファルツ州にあります。

新鮮でしかも安心な食品を確保するには地産地消の促進が重要だと言われています。それについて市民の関心が高まっているのか、市内の「コミュニティー野菜栽培」、また「都心型農園」などといった記事が、ドイツのメディアでこのごろ特に目立ちます。多くの大都市で見られるのは政治的な抗議運動から生まれた“ゲリラガーデニング”形式です。町が共有地に野菜を植えて、市民に“食べてもいい町”を提供しているアンダーナッハ市の場合は「無政府主義的なゲリラガーデニングが市民社会に転換された」と述べられていました。
人口約3万人のアンダーナッハ市はかつて古代ローマ植民地だったという古い歴史を持ちます。このライン川沿いの港町は工業都市として発展しましたが、今後は観光産業に力を入れて、経済不況に立ち向かっていこうと考えました。観光スポットの第一号として2006年に世界で一番高く噴きあがる冷水の間欠泉が復元されました。(冷たい炭酸水ですが、2時間おきに噴きあがる高さは60メートルもあるそうです)。
更に観光客を呼び寄せるためには町の“イメージアップ”が必要です。そのために荒地や汚い空き地を緑化して、ハーブ、野菜、果樹を植え、“食べてもいい町作り”を考えたのは市の都市計画・環境保護課に勤めるルッツ・コサックさん、そして園芸技師であるハイケ・ボームガーデンさんの二人でした。彼女は南西ドイツ放送の園芸についての番組を担当しています。
戦後、食糧不足で困った市民は町の空き地に人参やキャベツなど野菜を植えました。ベルリンの中心部にある公園ティアーガルテンは戦後67年経た現在、大木で森のようですが戦後直後はジャガイモ畑だったそうです。「今はもちろん安く簡単に食料品を購入することができ、生き延びるための菜園は必要ありません。食べ物は企業が売りつける商品になりつつあります。畑を生活環境の中心に戻すことによって、自然と食物に対しての市民の意識が高まるのではないか」と二人は考えました。
2008年、まず最初に中心地から5キロメートルほど離れた広さ8ヘクタールの荒地に市民のための農園が作られました。地域の食材や風土にあった持続可能な畑作りが始まり、住民参加を呼びかける地元のラジオ放送のおかげでメディアの反響は相当あったそうです。
それから2年後、アンダーナッハ市は郊外で試みた「町の畑作り」を市の中心地で実施することを決めました。「我々は一番汚い空き地から畑作りを始めました」とコサックさんは語ります。飼い犬の“便所”となっていた城壁前の堀には、今はかわいい黄色い花が咲くトマトや、淡い緑色のちりめんキャベツ、赤と緑のフダンソウが植わって、色とりどりの畑になっています。数年後に建物が建つかもしれない、寂れ果てたライン川沿いの空き地にはクローバー、サルビアとケシが植えられて、今では多数の蝶の楽園となっています。割れガラスと瓦礫だらけだった空き地には、ひまわりが伸びています。
「町中の畑作り」を始める際、賛成意見だけがあったわけではありません。出入りが自由な野菜畑は犬やいたずらで荒らされるのではという疑いの声も多かったそうです。市の花壇は税金によって手入れされています。「ゼラニウムの代わりにトマトが、チューリップが咲いていた植木鉢にえんどう豆が伸びる?しかも、できた野菜を自由に取って食べてもいいということがあまりにも意外で、おかしいと思う市民が何人もいました」とコサックさんは語ります。“食べてもいいアンダーナッハ市”の評判は広まり、地方自治体から見学者が絶えません。自分の町に戻ってすぐにでも「町中の畑作り」を実行したいと考えている見学者に、このような企画を成功させるために、その地域の実地調査と都市計画から始めるようにとコサックさんは薦めるそうです。コサックさんとボームガーデンさん両人の指示により、長期失業者20人と市の土木課が畑の手入れをしています。野菜栽培には通常の芝生よりも頻繁に水をまくことが必要ですが、アンダーナッハ市の場合、井戸水を利用できるので水道料金値上げの負担はありません。
2010年にドイツ全国コンクール「私たちの町は花開く」でアンダーナッハ市はみごとに金賞を受賞し、全国的に有名になりました。自治体の話によるとこの際少なくとも広告費35万ユーロ(約3500万円)を節約できた上、期待どおりに観光業による市の景気上昇を感じることができたそうです。
町とは市民の生活の中心地であるだけではなく、今後は食物の多様性についてもっと進んで市民に知らせるべきとアンダーナッハ市は考えています。今まで植えられたトマトの品種は300種、豆の品種は100種にのぼり、今度は多種のたまねぎの品種を集め市民に“試食”してもらうそうです。
何もしないで、育った野菜をただで収穫できる市民はたいへん満足しているようです。中には苗を掘り起こし、自宅の庭に植える人もいます。「忘れられた品種や珍種が彼らによって再び広まります」とコサックさんは喜んでいます。
「ドイツ人の主食といわれるジャガイモは、実は鑑賞植物としてヨーロッパに伝わってきました。偶然に地下茎がおいしいと気がつくまではきれいな花壇の花でした」とボームガーデンさんは白、薄い青、紫色のジャガイモの花を指差しました。
追伸
町の担当者に電話したところ、郊外にある広さ8ヘクタールの共同農園はとくに子供たちに人気があるそうです。となりの広さ6ヘクタールの畑が加わり、今は牛もいます。造園家一人と農業者一人とともに長期失業者20人が“食べてもいい畑”の手入れをしているそうです。中心地で働いていた長期失業者は、アンダーナッハ市が与えているパーマカルチャー・アシスタントの資格を得て市民従業員として市に採用されました。

 

撮影: Christoph Maurer

2 Responses to “食べてもいい町”アンダーナッハ

  1. みづき says:

    鮮やかなきれいな写真に見入りました。
    野菜を勝手にとっていいとは太っ腹ですが、たくさん持っていっちゃう
    欲張りな人はいないんですかね?

    アンダーナッハという街はまったく知りませんでしたが、
    ドイツは魅力的な地方の町が多いですね。

  2. サクラ says:

    私はガーデニング大好き人間の一人です。この記事をとても楽しく読みました。Visionとそれを実行に移す実行力はドイツ人らしいと思いました。アンダーナッハの街、ぜひ訪ねてみたいと思います。お野菜や花の種を少し失敬させていただくかも。