ドイツサッカー連盟使節団、アウシュヴィッツを訪問

まる / 2012年6月10日

6月8日、欧州選手権ウクライナ・ポーランド大会が開幕しました。ドイツ代表はポーランドのバルト海に面するグダンスク(ダンツィヒ)にチーム拠点を置いていますが、そこへ向かう前の6月1日、ドイツサッカー連盟の使節団がアウシュヴィッツ元強制収容所を訪問しました。使節団には、ドイツサッカー連盟のヴォルフガング・ニースバッハ会長、ヨアヒム・レーブ代表監督の他、選手代表としてフィリップ・ラーム主将、二人のポーランド系ドイツ人選手、ルーカス・ポドルスキーとミロスラフ・クローゼも加わりました。 

アウシュヴィッツ強制収容所というのは、読者の皆さんもご存知の通り、現在のポーランド南部オシフィエンチム市郊外につくられ、ナチス時代に約150万人(数字はいろいろある)、主にユダヤ人が殺害された、恐るべき場所。ガス室での大量殺戮、人体実験も行われた、ホロコーストの象徴的な場所です。

ドイツ代表の“人気取り”という印象を与えないため、メディアの同行はなかったのですが、主将のラーム選手は出発前の記者会見でこう言いました。「僕達はこの悲劇に責任を持つ世代ではないとしても、自分達の歴史を知り、その責任を受け継いでいくという気持ちをこの訪問を通じて示したい」。ニースバッハ会長は「人命を軽んじた我々の歴史のこの一章とつきあうにあたっては、元ドイツ連邦大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーの言葉が警告と指針になるでしょう。『過去に目をつぶる人は、現在に盲目となる』」というステートメントを出しました。

それを聞いて私は羨ましく思いました。サッカーの日本代表チームが中国などで試合をして、ものものしい雰囲気のスタジアム内から猛烈なブーイングがおき、道端では日本国旗が焼かれる映像を何度か見たことがあります。そういう時って、選手達はどう思うものなのでしょうか?

わたしの経験から言うと、義務教育の日本史の時間で、近代史に割かれた時間はごく僅かでした。鎌倉時代から江戸時代がやたらと長く扱われ、その後、特に朝鮮併合や第2次世界大戦に至るまでの過程については、かなりはしょった、あっという間だったという覚えがあります。南京大虐殺のことについては、教科書に載っていたかどうかも記憶にないほどです。

その後大学に入ってから、もう少し詳しく知るようになりましたが、それでも恥ずかしいくらい粗末な知識しか私にはありませんでした。ドイツへ来てから、BBCが作った「731部隊」(旧満州で細菌作戦や生体解剖などを実施した旧日本陸軍の特殊部隊)についてのドキュメンタリーをテレビで見ました。また、仲良くなった南京出身の中国人と話をして知ったことも沢山あります。今の代表選手の世代だと、私の時代よりはましなのかもしれませんが、それでも、実際にアジア各国で日本が何をしたのかをきちんと把握している日本代表選手は殆どいないのではないかと察します。ブーイングを聞きながら、「どうしてそこまで?」と思う人もいるのではないでしょうか。

話は飛びますが、グダンスクのドイツ代表拠点に置かれたプレス・センターでは、使用される電力をすべてポーランドの風力発電でまかなっているそうです。チームマネジャーのオリバー・ビアホフ氏は「現在ドイツの政治で行われている、エネルギー転換というテーマを巡る議論をかんがみて、代表チームは再生可能エネルギーの使用における見本となりたい」と言っています。これは、最近のドイツサッカー代表の基本姿勢と言って良いと思います。つまり、ドイツ社会で行われている議論に参加する、政治に関わる発言もためらわないということです。

例えば、今回の欧州選手権の前にドイツで注目を浴びたテーマの一つが、ウクライナにおける人権侵害の状況でした。ドイツ対オランダ戦が行われるウクライナのハルキウ市の刑務所には、元首相のユリア・ティモシェンコ氏が収容されています。彼女の逮捕にはヴィクトル・ユヌコーヴィチ大統領の陰謀があったと推測される他、半年前から椎間板ヘルニアで苦しむ彼女が治療を受けられず、警備員に殴られるなどの暴行を受けているとも伝えられています。そんな環境の中でサッカーをしていて良いものか、だいたいUEFAがウクライナを開催国に選んだ時点でおかしかった、ヤヌコーヴィチ大統領にプレッシャーをかけるのにボイコットは有効か、といった議論がなされました。この議論は数週間盛り上がりメルケル首相はじめ、多くの政治家は、状況が改善されない限りはウクライナで試合観戦をしないと表明しています。

この時もラーム主将がシュピーゲル誌のインタビューに答えてウクライナ政府を批判しました。ニースバッハ会長は、ボイコットをすれば、メディアがサッカーのことだけではなく、この国の問題についても報道できる良い機会を失うとの見方を明らかにしました。

スポーツ選手はスポーツだけをやっていればいい、し、なにもラーム選手のように逐一コメントを出す必要はないという考え方もあるでしょう。でも、その時の政治的、社会的な状況を反映するような発言ができる雰囲気、それをメディアが聞ける雰囲気が、日本にはもうちょっとあってほしいという気がします。日本サッカー代表が南京大虐殺記念館や、ソウルの大韓民国独立記念館を訪ねる日が、どんなに遠い将来でもいいので、来てくれることを願ってやみません。

 

2 Responses to ドイツサッカー連盟使節団、アウシュヴィッツを訪問

  1. みづき says:

    ドイツの歴史系博物館に行くと、自国の負の歴史をきちんと見据えた
    展示が多く、感心させられ、うらやましく思います。

    日本人の一部には「自虐史観は日本人の誇りを失わせるからよくない」
    という考え方をする人もいるようですが、私としては、むしろ、
    自国の負の歴史をきちんと直視できる態度を持てれば、
    日本のことをもっと誇らしく思えるのに…と思います。

    ところで、私は、カナダと英国の語学学校事情について
    聞いたり取材したことがあるのですが、だいたい日本人、韓国人、中国人は
    同じクラスに入れられて仲良くなることが多いようです。
    語学レベルが同じ程度だからです。

    そこで、韓国人や中国人が、日本を批判するような発言を
    してきたり、かたくなな態度をとったりすることがあり、
    若い日本人学生としては、なぜ自分がいきなりそんな目に
    あうのか分からず、お互い嫌い合ってしまうことも、ままあるようです。

    若い日本人の側に、もっと歴史についての知識があれば、
    相手の気持ちを理解できるかもしれないのに、残念な
    ことだなあと思いました。

  2. まる says:

    みづきさま
    コメントをありがとうございます。そうなんですよね。
    私は女性のせいか”甘く”みてもらえているようですが、「学生寮で仲良くなった中国人や韓国人の学生と一緒にお酒を飲んでいたら、本音トークに。自分は攻められるし、反撃にも出られない(というか、出る理由なんてありますか?)ので困った」という日本人男性の声はドイツでもよく耳にします。ドイツとポーランドは、両国関係史の共通認識と良好な関係作りを目指して共同歴史教科書を作成中。2015年に第1刊が完成予定らしいです。