住まいはスマートな発電所

やま / 2012年4月15日

自然条件を活かす家

日本の家は「住む道具」、英国人にとっては「マイホームは我が城」と言われていますが、自然条件を活かして「住む発電所」を建てたのはノルベルト・フィッシュ教授(Nobert Fisch)。南斜面に建てられた半地下型2階建て住宅、その急勾配15度の屋根には全面ソーラーパネルが設置されています。まさに太陽光発電所のようです。日照時間が比較的少ない冬の厳しいドイツで、自然の力だけを利用して、しかも快適な現代生活を送れる住宅が、「南ドイツ新聞」の付録マガジンLUXに紹介されました。この住宅で発電した電力の大半は自宅で消費され、残りが送電されています。

施主であるフィッシュ教授は、この住宅のエネルギーデザイナーでもあり、ブラウンシュヴァイク工科大学で1996年から建築ソーラーテクニック研究所所長を務めています。「一般にドイツの省エネ住宅や、パッシブハウスでは、暖房や給湯に使う熱エネルギーしか対象にしていない。それでは考え方がせまい。しかも時代遅れだ。新しい省エネ住宅では電力が決定的な意味を持つ。1次エネルギーの3分の1しか熱エネルギーとして使われない。残り3分の2が電力として消費される。だから熱エネルギーだけに着目していてはいけない。電気器具および電気自動車を含め、家庭で必要な全ての電力を考えに入れなければいけない。少ない資源を大事に使い、自然力をうまく活かし、しかも生活の質を損ねない住宅を建てる必要がある」と語る教授が自らデザインした住宅です。

化石燃料だけではなく、土地も重要な資源のひとつです。統計によると、毎年ドイツでは国民一人につき広さ約0.35㎡の面積が新築されているそうです。少ないように聞こえますが、実は「人口1000人の村が毎年700できる」ことになります。それだけ都市化が進むと自然資源が減少します。そこで施主のフィッシュ教授は新しく開発された分譲地ではなく、すでに1962年から低層住居専用地域と定められた南向き斜面地を選びました。仕事で家にいないことが多い教授は延べ床面積250㎡の一軒家は自分一人にはもったいないと考え、幼い子供たちのいる娘家族に住まわせ、貴重なデータを集めることにしました。斜面地なので一階は4面のうち3面は地中に囲まれ、自然に断熱され、窓のある南側には寝室と客間が、地下となる北側には浴室、家事室、機械室があります。2階は居間、食堂、厨房が並び、陽光あふれる空間となっています。建物の方角が南であること、外側ブラインド付き3層ガラスサッシが使われていること、外壁断熱層の厚さが22cmであること、気密性が高いことなどはパッシブな省エネ対策です。

太陽熱と地熱を使って暖房と給湯
大きさ7㎡の太陽熱温水パネルとヒートポンプにより、暖房と給湯のためのエネルギーは自給できるそうです。ヒートポンプは深度95mに埋設された3本の地中熱交換チューブを利用した水熱ヒートポンプで、ポンプが動くのは昼間だけ、電力は自家製です。太陽光のない夜間はポンプが止まっていますが、それでも家の中が冷えないのは、断熱性と気密性が高いので、エネルギーロスが少ないからです。さらに蓄熱率の高いコンクリートや石灰石が床や壁の建材として用いられているので、昼間に蓄えられた熱が夜間に放熱されます。暖房期間以外はヒートポンプは止まっていて、その時は太陽熱パネルが十分に温水を供給します。

土中温度を利用して換気する
「熱交換器付き換気システムはエネルギー・コンセプトとしては必要なかったが、やはりあったほうが快適なので土中温度を利用して、花粉フィルターと共に設置した。」と語るフィッシュ教授。換気をする場合、外気温と室内の温度の差を少なくすれば省エネになります。前もって外気温を上げるために、長さ75mのチューブが深さ2~3mの地中に設けられました。冬に気温が零下20度に下がっても、外気をこのチューブに通すと自然に、温度が5~10度に上がります。暑い日には涼風を室内に送るクールチューブにもなります。このクールチューブでは日本にでも利用されています。

太陽光発電と無理のない電力マネージメント
屋根にある太陽光パネルの発電量は15キロワットピーク。フィッシュ邸では消費電力量の高い洗濯機、乾燥機、食洗機などは日中にしか動かないように設定されています。居住者は十分に電力が発電されているか、タッチスクリーンで確認します。夜間は冷蔵庫、冷凍庫を数時間止めてあります。冬の曇った日でもソーラーパネルは発電していますが、家庭の電気器具を動かすのに不十分な場合でもブラックアウトの心配はいりません。バックアップ電源として2器のバッテリー(7kWhと20 kWh)に充電されているからです。スマート・グリッドと呼ばれる次世代送電網が整備できれば、自宅発電の蓄電は現在以上に活用できるでしょう。夏は余剰分を電気自動車と電気ミニバイクの電源として使うことができ、予想では年間1万から2万キロ走行できるそうです。施主であるフィッシュ教授にとって、この住宅は実際のデータを得られる貴重な研究所になりました。この町にとっては、イメージアップにつながり、外国から多くの見学者が来ています。居住者も今では慣れたもので、時前予約していない見学者が20人一度に訪れてきても、日常生活に支障なく受け入れているそうです。

建設コストを惜しまず、進んで省エネシステムを取り入れる施主はまだごく少数です。電力と化石燃料が高くなったとは言え、まだ比較的に安定しているので、個人住宅の間では、政府の望んだような「省エネ・ブーム」は起こっていません。経済性だけを考えると、省エネ対策に必要なコストの原価償却に普通20~30年はかかるそうです。

フィッシュ邸のようなスマートな「住む発電所」が増えれば、大海の一滴になるでしょう。

エネルギーデザイン ノルベルト・フィッシュ
設計 ベルシュナイダー&ベルシュナイダー
施工 2010年9月
所在地 レオンベルグ(シュトゥットガルトの近郊)
敷地面積 876㎡
延床面積 住宅部分248㎡、その他設備室、倉庫など173㎡

 

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