映画「イエロー・ケーキ」上映のショック

永井 潤子 / 2012年3月4日

3月11日が近づき、ベルリンでも東日本大震災を追悼・記念するさまざまな行事が催されている。ベルリンのハインリッヒ・ベル・財団は原発問題を考える映画上映と討論会を2月末以降何回か行なった。私はmidori1kwh.deの他の仲間とともに2月27日に行なわれた映画の上映と討論会にまず参加した。東京の杉並・高円寺の商店街の若者たちが始めた「原発やめろ!デモ」 をテーマにしたユリア・レーゼ監督とクラリッサ・ザイデル監督の映画「ラディオアクティヴィスト」上映の後、日本から来た吉田明子さん(FoE, Friends of the Earth Japan) のフクシマの現状報告、フランスの原子力専門家、マイケル・シュナイダー氏、ドイツ・緑の党の連邦議会女性議員、ベアベル・ヘーン氏、 ドイツ連邦環境・自然保護連盟(ドイツのFoEに相当するBUND)のヘルベルト・ヴァイガー代表らのパネル・ディスカッションが行なわれた。日本の事情にも詳しいヨーロッパの専門家たちの熱のこもった議論に圧倒されたが、ドイツ在住の日本人運動家からは「楽しげな反原発デモも良いけれど、1国民が深刻な放射能の危険に脅かされている時に、もっと過激な核廃絶を求める運動をしてほしい」という意見も述べられた。

しかし、私がもっともショックを受けたのは、2月29日夜に上映されたヨアヒム・チルナー監督の映画「イエロー・ケーキ — クリーンなエネルギーという嘘」を見たときだった。日本でも東京の「アップリンク」や大阪の「シネ・ヌーボー」他で上映されているので、ご覧になった方もいらっしゃると思うが、「イエロー・ケーキ」とは、天然ウラン鉱石を製錬して得られるウランの黄色い粉末のことで、これがなければ原発は稼働できない。これまでウラン燃料は二酸化炭素を出さず、再処理を行なえば繰り返し使用できる「クリーン・エネルギー」とされてきたが、それが嘘であることをチルナー監督は世界各地の採掘現場の取材で示して行く。ウランが鉱石採掘の段階から、処理不可能な放射性物質を大量に発生させ、自然を破壊し、人々を被曝させ、癌発生の高いリスクを負わせている現状が、映像と関係者のインタビューで、明らかにされる。

旧東ドイツ出身のチルナー監督は、冷戦時代、旧ソビエト連邦のためにウラン鉱石を採掘し続けた旧東ドイツの、当時は闇に包まれた大規模な事業の実情にまず目を向ける。第2次大戦直後の1945年から1989年まで、はじめは旧東ドイツ東南部、ザクセン地方のチェコとの国境に近いエルツ山岳地帯から、後には西隣りのチューリンゲン地方にかけての広大な地域でウラン鉱石が採掘されたが、労働者はそこがウラン鉱山とも知らされず、危険対策もお粗末ななか、地下の坑道で発破をかけ、放射能の粉塵を浴びながらウラン採掘にあたったり、放射能に汚染された大量の土砂の運搬に従事させられたりしてきた。全部で23万1400トンのウランを生産した(広島型原爆の3万2000個分に相当するといわれる)採掘会社のヴィスムート社は、当時世界第3位を誇り、生産されたウランはすべて旧ソ連に輸出された。1949年、アメリカに4年遅れで実現したソ連の最初の原爆も、旧東ドイツ産のウランがなければ成功しなかったと言われている。1990年、東西ドイツが統一されると、この広大なウラン採掘地帯は、ドイツ連邦政府によって危険地帯とされ、ウラン生産は永久に停止された。

しかし、当時大小あわせて20以上の鉱山で発掘にたずさわった労働者、最盛期13万人以上のなかには、肺癌を発生する人が多く、癌で死亡した人がすでに7000人以上に達しているという説もある。約2億トンにのぼる大量の泥土は、周辺に放置されたまま。これは放射性廃棄物で、危険極まりない旧東ドイツの「負の遺産」だった。統一後ドイツ政府は総額62億ユーロ(約6800億円)の予算を組み、広大な地域で汚染された土壌の除染策など科学技術の粋を集めた各種の危険削減策が講じられているが、20年以上経った今もその終わりはまだ見えないという。鉱山そのものの汚染処理や放置された土砂の整理・除染、ぼた山や泥土の一帯を緑地帯に変える自然回復プロジェクトなどは、当初2015年に終わる予定だったが、今の段階では2020年以降にずれ込む見通しで、地下水の汚染を防ぐための長期にわたる監視も必要だという。しかし、2007年にチューリンゲン州のゲラを中心に開かれた連邦ガルテンショー(2年に1度、ドイツで開かれる園芸博覧会)は、かつてのロンネブルク鉱山の露天掘り跡の緑地化に成功した例として話題を呼んだ。

一方、冷戦時代のソ連に対抗するアメリカの核軍備政策を支えたのはカナダで、一貫してアメリカにウランを提供し続けた。カナダ北部には「ウラニュウム市」と名づけられた町まであるといい、今でも関係者は地域経済にとってのウラン鉱石採掘の重要性を強調する。しかし、採掘されたウラン鉱石から取れるウランはごく僅かで、99%近くが廃棄物として捨てられるが、そうした大量の廃棄物が投棄され続けたネロ湖は生物が棲息できなくなるなど環境破壊は著しい。旧東ドイツに代わって世界上位のウラン生産を誇るようになったのは、アフリカ南西部のナミビアだが(2008年のウラン生産国ランキングでは、1位カナダ、2位カザフスタン、3位オーストラリア、4位ナミビアとなっている)、ここではウラン鉱山で働く人はエリートで給料も良く、女性も大勢働いている。彼女たちは放射能を浴びる不安より、安定した雇用の方が大事と考えているように見受けられた。救いは世界最大のウラン埋蔵国であるオーストラリアで、原住民のアボリジニの人たちの抵抗運動が成功していることだった。チルナー監督は、忍耐強い抵抗運動で、採掘したウランを地中に戻させることに成功したアボリジニの女性族長や広大な土地をウラン発掘の企業に売ることを拒んだ別の男性族長を映画の終わりに紹介し、希望につなげている。映画「イエロー・ケーキ — クリーンなエネルギーという嘘」は、できるだけ多くの人に見てもらいたい映画であると痛感した。

 

One Response to 映画「イエロー・ケーキ」上映のショック

  1. みづき says:

    「イエロー・ケーキ」、面白そうですね。
    タイトルは聞いたことがあったのですが、内容は詳しく知りませんでした。

    また、東独のザクセンあたりで、公害やひどい労働条件が問題になった
    ということも知ってはいたのですが、放射性物質まであったとは
    知りませんでした。

    旧東ドイツに代わってウラン生産を誇るようになったのがナミビアだ、
    というのが一つ気になりました。
    ナミビアって、昔ドイツの植民地だったところですよね。
    当然、今でもつながりが深いですよね。
    ウラン生産には、やはりドイツの企業が一枚噛んでいるのでしょうか?
    「自国では危険だから、貧しい他国で」という構図があるのかなあ…と
    想像し、暗澹たる気持ちになっています。