一挙三得?「おむつ発電所」

永井 潤子 / 2011年9月16日

世界でただ一つの「おむつ発電所」が、ドイツにある。その名も「おむつヴィリー」(Windel-Willi) というこの発電所は、南ドイツのボーデン湖に近い小さな町、人口1万3000のメッケンボイレン(Meckenbeuren)で、5年前に誕生した。高さ11メートルの特別仕様の火力発電所、ヴィリー君は、現在、年間3800トンの使用済み紙おむつを燃やして1240キロワットのエネルギーを生み出している。「このエネルギーで毎日8トンの洗濯をするクリーニング工場に熱湯を提供し、社員食堂で毎日3000食をつくり、8つの温室(延べ面積、9万6000㎡)の暖房をするなど、生み出されたエネルギーは100%利用されています」こう話すのは「おむつヴィリー」の生みの親、技師のマルコ・ナウエルツさんだ。ヴィリーは年間4200トンのおむつを燃やす能力があり、今年中には、フル稼働する見通しだという。

「おむつヴィリー」は実はドイツ、オーストリア、スイスでいくつもの老人ホーム、養護施設、身心障害者施設、教育施設などを運営する「リーベナウ財団」に属しており、技師のナウエルツさんも同財団の建設部門の職員だ。「おむつ発電所」のアイディアは、ある日の社員食堂での会話から生まれたという。「リーベナウ財団」は創立135年の歴史を持ち、述べ4800人が働く、かなり大きな社会福祉組織だが、当時同財団は各地の施設から出る使用済み紙おむつの処理に頭を悩ましていた。それまでに210万トンのおむつを処分するのに、30万ユーロ(約3300万円)ものお金がかかっていたため、これをなんとかする方法がないかと話題になったのがきっかけで、この課題に刺激され、一生懸命取り組んだのが、ナウエルツさんらの技師たちだった。代替可能なエネルギー源として酪農業での牛や豚の排泄物を利用した自家発電なども今や珍しくなくなったが、人間のおむつを利用した世界初の発電所が生まれたのは「おむつがそこにあったから」だったのだ。試行錯誤の末350万ユーロ(約3.8億円)の資金をかけて生まれたのがヴィリー君だったが、意外にやっかいで時間がかかったのは、当局の操業許可を得る手続きだったという。おむつによる発電所に関する法律などまったくなかったから、お役所を説得するのに時間がかかったのだ。2006年11月にようやく操業を認められた苦心の作「おむつヴィリー」は、その後特許を申請し、認められている。

地域の小さな火力発電所である「おむつヴィリー」では現在、年間3800トンのおむつが燃されているが、そのうち「リーベナウ財団」の各施設から出るおむつは1000トンに過ぎない。足りない分は近隣の地方自治体の協力を得て、他の病院や介護施設などから“資源“の提供を受けている他、赤ちゃんや幼児のいる家庭から使用済みおむつを回収する方法も順調に機能しているという。集められたおむつに対し、財団側は1トンにつき128ユーロ(約1万4000円)支払っているが、できたエネルギーを近隣の地方自治体などにも供給しているため、ヴィリー発電所の収支は去年秋から黒字になったそうである。集められたおむつは摂氏1000度までの熱で燃されるが、技術上の問題のひとつは、使用済みのおむつが水分を多く含んでいるため(水分は50%にものぼる)高温で持続的に燃すのが難しいということだった。しかし、これはおがくずを混ぜて燃すことで解決した。そこから生まれるガスをいくつかの工程を経て熱湯や蒸気とし、それを利用するというのがこのシステムだ。また、通称「紙おむつ」と言われているが、材料には今ではさまざまな化学的な新素材が使われている。そこから出る有害物を含むガスから有害物を取り除き、最終的に灰にする複雑な方法もナウエルツさんら技術陣が開発した。もっとも、そうした改良にさらに100万ユーロ(約1.1億円)がかかったとか。しかし、「リーベナウ財団」は、おむつ廃棄にかかる莫大な費用を倹約し、施設で使うエネルギーの1部を自家発電でまかなって暖房用の燃料費を節約し、さらには利益まであげている。一挙両得どころか、“一挙三得“である。

「おむつヴィリー」の評判が高まり、ドイツ各地はもとよりイタリア、スペイン、遠くはアメリカなどからも見学者が来るようになったが、これまでのところ、同様の発電所をつくったところはないという。その理由をナウエルツさんは、自分が技術上、法律上の問題を乗り越える難しさや環境上の問題(においの問題など)を見学者に正直に説明するためではないかと考えている。

 

写真はスザンネ・ドロステ-グレフさんが提供して下さいました。
TeamWork Kommunikation und Media GmbH  Susanne Droste-Gräff   www.teamwork-kommunikation.de

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