日本の首相交代劇

じゅん / 2011年9月3日

去年6月、菅直人が日本の新首相に就任したとき、ドイツの主要新聞は「市民運動家出身」「工業大学で学んだ自然科学者」「名門政治家一族の出身ではなく、自民党内でキャリアを積んだ訳でもない、日本では異色の政治家」などと書いた。そこにはなにがしかの好感、期待感がうかがわれた。それから1年あまり後の日本の首相交代劇について、ドイツのマスメディアがどう伝えているか。あまり大きく報道されてはいないが、ラジオやテレビのニュース、新聞記事では最近の日本の首相が極めて短命であることが強調されている。この2年間で3人目の首相とか、5年間で6人目の首相、あるいは6年間で7人目の首相とか、示されている数字は異なるが、日本の各首相の任期が1年にも満たないことが印象に残る。

「菅は去る、日本の不運な首相は圧力に屈した」という見出しの記事を載せたのは、ベルリンの新聞「ベルリーナー・ツァイトゥング」、8月27日、土曜日のことだ。同紙の東京特派員は菅首相が前日、大震災、津波、原発事故の危機管理に対する批判の責任を取って辞任を表明したことを伝えた後、その背景を説明している。「菅首相の辞任は予期されなかったことではない。6月初めに彼はすでに辞意を表明しているが、退陣は重要法案の成立という条件付きだった。重要法案が政争の犠牲になるのを避けようとしたためだった。7月初め第2次補正予算案が議会を通過し、金曜日、特別公債法(赤字国債発行法)と再生可能エネルギー特別措置法(再生可能エネルギー買い取り法)が成立、これを受けて菅首相は正式に辞任を表明したのだ」。この記事は最近5人の首相のうち1年以上その地位にとどまったのは、菅首相ただ一人だったと伝え、有力な後継候補は前原元外相だが、新首相は誰になろうと過渡的な首相になるだろうとの見通しを明らかにしている。

他の新聞は民主党の代表選が行なわれた後の8月30日、新首相に就任することが確実になった野田佳彦氏のプロフィールを簡単に報じているものが多い。保守的な全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」の記事の見出しは「継続」。「民主党の代表選にはハラハラさせられたが、結局、菅直人の後継に選ばれたのは野田佳彦氏だった」。こう書きはじめた女性記者は、野田氏が菅首相を辞任に追い込んだ小沢一郎元代表が押す候補者を決選投票で破ったとその経過を伝え、新首相は党内融和を優先させて行くとしている。出身地、学歴、政治的経歴など型通りの紹介の他、「自分はハンサムでカッコいい都会っ子ではない」という彼の言葉を伝え(筆者注:ドジョウはドジョウらしくという彼の言葉はドジョウのいない?ドイツでは引用できなかったようだ)、演説のうまさと忍耐強い選挙運動で知られると書いている。財政健全化と復興財源確保のため消費税の引き上げを主張した唯一の首相候補者だった野田氏が、首相就任後不人気な増税の方針を貫くことができるかどうかは不透明で、新首相は菅首相に欠けていた指導力を発揮しなければならないという言葉で、この記事は終わっている。

「寡黙な再建者」という見出しの記事は、ベルリンの新聞「ターゲス・シュピーゲル」。「ほんの数日前のこと、かつて外務審議官だった田中均氏は、日本の政界のトップに強力な指導力を持つカリスマ的な人物がいないと嘆いた。今の日本の苦境を救うことができるのは、そういうカリスマ性のある人物なのだが、とも彼は言った。田中氏がそういう人物として野田佳彦氏を念頭においたのでないことだけは確かである」こんな書き出しで始まるこの記事は、次のように続く。「戦後最大の日本の危機を再建する重い責任を、54歳の静かな野田氏が負って行くことになった。氏の新首相就任を歓迎する声は主に経済界から聞こえてくる」として米倉経団連会長の発言を引用、国民総生産の200%もの赤字を抱える日本の財政健全化を目指す氏の登場に期待がかかっていると指摘する。財政健全化は野党の協力なしには実現できないが、新首相は野党の政治家とも良い関係にある。その一方、外交問題ではこの静かな政治家が近隣諸国との対決路線をうかがわせるような発言をしたことも伝えた。「靖国神社に祀られているA級戦犯たちは、すでに刑を償ったので、もはや戦争犯罪人と見なすべきではないと語り、この挑発的な発言は直ちに中国や韓国に抗議の声を巻き起こした。こうした国際感覚の持ち主が2012年か13年に予定される次期総選挙で勝利を収めるとは思われないため、専門家の間では過渡的な首相と見られている」。

私が読んだ新聞のなかで日本の政権交代について一番大きく伝えていたのはミュンヘンで発行されている全国新聞「ジュートドイチェ.ツァイトゥング」(筆者注:日本では南ドイツ新聞と翻訳されているようだ)で、8月30日の紙面でふたつの記事を載せていた。同じ東京特派員によるふたつの記事のうち「妥協の首相」という見出しの方には「政治的なプログラムはほとんどなく、民主党内の緊急解決策にすぎない」というサブタイトルが付き、新首相が選ばれるまでのプロセスが、決戦投票での野田氏の獲得票数などとともに、かなり詳しく紹介されている。この記事では菅首相の辞任に ついて“強制された辞任“と書いていること、新首相については口数の少ない経済専門家で、これまで財務相として円高防止に努力してきたこと、松下政経塾出身ながら、原発問題については「日本はもう新しい原発をつくれなくなったと主張する前原氏と操業停止中の原発の早期再開を願う海江田氏の“中間の人“」と書いているのが印象に残った。同じ記者によるもうひとつの解説記事のタイトルは「創造的な自己破壊」。すぐには意味の分からないタイトルだが、これには「日本の政治の終わりなき惨めさは、新しい首相によっても継続されるだろう」というサブタイトルが付けられている。「日本はこの20年間すべての重要な問題の解決を先送りしてきた。国家財政の赤字は年間230%に上り、税制は時代遅れ、高齢化は急速に進み、若者の3分の1は定職がなく、派遣労働者として働く。企業が若い専門家を育てないため、特に優秀な技術者が不足している。社会の半分を占める女性たちはいまだに十分に職場に進出しないか.働いていても十分な報酬を得ていない。日本は極端な中央集権国家だが、東京(筆者注:  中央政府のこと)は権力を地方に分散することを拒否し続けている。権力が集中している筈の東京は、にもかかわらず地方に対して効果的な対応ができないことが、3月11日の震災、津波以後に明らかになった。救済活動は被害を受けた地方にまかせきりで、自衛隊と米軍の効果的な救援活動も地方のイニシアティブによるものだった。日本はまた、外交や安全保障面でも、中国や韓国が力をつけてきた新しい東アジア情勢のなかで、日本の立ち位置を明確にすることを怠ってきた。」日本の抱える問題をこう列挙した後、この記者は「こうした閉塞状態を打破するために“創造的な自己破壊“を目標に掲げて政権交代を実現させたのが民主党だったのだが、各派の寄せ集まりの党内の抗争で菅首相にチャンスはなかった。こうした状況を考えると新首相も失敗するだろうと予測せざるを得ない。新しい総選挙も麻痺状態からの解決にはならない。自由民主党もバラバラで統治能力はなく、国民の間で不人気だからである」と救いがたい結論に達している。

菅首相の辞任を最大限の表現で惜しむのは、知識人向け週間新聞「ディー・ツァイト」のオンライン。見出しは「菅の退陣はフクシマ忘却のはじまり」、「菅首相の辞任は大きな損失、彼は福島原発事故から教訓を汲み取ろうとした唯一の日本の政治家だった」というリードも付く。「この数ヶ月の菅首相は、他の日本の政治家の誰にも見られないほど、福島原発の事故から過激な教訓を汲み取ろうとする勇気を持っていた。原発災害について日本人としては典型的でないやり方で透明性を求め、議論を巻き起こした。しかし、それらすべては彼の退陣とともに消え去り、日本の社会がまた元の妥協を求め、融和に傾くメンタリティーに戻ってしまう恐れがある。そうなれば原発災害の解明はますます難しくなるであろう。菅首相は、厳しい現実から逃避し、安易な方向に流れやすい日本社会のメカニズムに疑問を呈したのだった。」日本では理解されなかった菅首相を、ドイツのこの記者は市民運動出身とも結びつけて高く評価する。「非常な危機に直面しても菅は官僚や原発関係者を信用しなかった。原子炉災害の規模を隠そうとした東京電力の責任者を叱りつけ、後には他の原発の安全性に問題があるとして急遽操業停止を決め、8月6日には広島の原爆投下による被爆とフクシマの被曝に類似性を認めた。これらすべてが日本ではいかに過激に響くか、西側世界は予想することもできないだろう。日本のエリートたちはショックを受けた。彼の合理的な態度は、コンセンサスに重きを置く日本社会にとっては、度が過ぎると受け取られたのだろう。」こう論じた記者は、「しかし、人々は間もなく、彼がいないことを痛切に残念がるようになるだろう」と予想している。

 

 

One Response to 日本の首相交代劇

  1. みづき says:

    私も菅直人総理には期待していたので、あんな形で
    やめることになったのが残念です。
    菅直人総理への日本人の反応を見ていると、
    「代替案を示さず、とりあえず批判だけする。
    新しいもの(次の総理とか)をよく知らないまま
    むやみに期待する」という、日本人の
    悪い癖が出たように思いました。